京都観光

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本能寺

日本史に暗殺と謀叛に関する出来事はいくつもありますが、京都で特に有名なものを挙げるとなれば明智光秀が織田信長を謀った本能寺の変でしょう。そしてこの本能寺の変の舞台がこの本能寺になります。


本能寺の変が起こったその後も様々な出来事に見舞われました

本能寺が位置しているのは京都市中京区で宗派は法華宗本門流。法華宗本門流の祖は鎌倉時代に活躍した日蓮で本尊は三宝尊になります。建てられた年は1415年の応永22年で手掛けたのは法華宗の僧であった日隆です。
しかし後の1582年には本能寺の変が起こり火災により焼失してしまいました。この時の織田信長は寝込みを襲われており、そして本能寺を燃やす選択をして燃え盛る火の中で自害しました。有名な史実ですが、当の明智光秀の動機が何だったのかがいまだに分かっていない謎の多い出来事として伝えられています。
本能寺はその後、再建されたものの1788年に焼失。また再建されたものの1864年の蛤御門の変にて焼失。度重なる曰くが蛇のように絡まり今現在に至ります。


織田信長の持ち物である茶碗が見どころです

織田信長と明智光秀に関係する本能寺では宝物館がありまして、そこでは貴重な文化財を所蔵しています。文化財は様々ある中で三足の蛙、六曲一双唐人物図扇面貼交屏風、建さん天目茶碗が有名です。中でも特に建さん天目茶碗は織田信長が所有していた中国福建省のものであり絶対に見ておきたい逸品です。茶碗の形は普通のように感じられますが、側面は単色ではなくて不思議な色合いが調和した具合となっております。また香炉であった三足の蛙にも伝説がありまして、驚くことに本能寺の変が起こる前夜に蛙は織田信長に異変を報せるために鳴いたと伝えられています。